現代は顧客の価値観やライフスタイルが多様化し、従来のアンケート調査やインタビュー調査では、顧客の潜在ニーズを把握することが難しい場合があります。そこで近年、注目を集めているのが「エスノグラフィー調査」です。
企業は、エスノグラフィー調査を通じて顧客の隠れたニーズや本音を把握して、より効果的なマーケティング戦略を立案できるようになります。
この記事では、エスノグラフィー調査の概要と実践手法について、解説します。
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エスノグラフィーとは何か?
もともとエスノグラフィーとは、文化人類学などにおいて、社会や文化の中で人々がどのように生活し、相互作用し、意味を見出すかを理解するための研究手法です。この研修手法では、研究者がコミュニティ内で生活を共にし、観察やインタビューを通じて、対象とするコミュニティや個人の行動、習慣、価値観を分析します。
このエスノグラフィーの調査手法をマーケティングに用いたのが、「エスノグラフィー調査」です。この調査手法では、調査対象者の日常に密着して、その行動や発言などを観察することで、彼らの価値観やニーズを深く調査します。
エスノグラフィー調査の定義と特徴
エスノグラフィー調査は調査対象者の日常に密着し、直接観察やインタビューを通じて、データを収集する定性調査です。それらのデータを分析することで、調査対象者の価値観やニーズを明らかにします。
エスノグラフィー調査においては、単に行動や発言などを観察するだけでなく、それらの言動に含まれている文脈や意味を分析します。それによって、調査対象者が抱えている潜在的ニーズの分析を目的としています。
エスノグラフィー調査の大きな特徴は、調査対象者と生活や行動を共にしながら、直接観察調査することです。アンケートやインタビューなどの調査手法では、回答者が無意識に質問内容やインタビューの流れに考え方を合わせようとして、自分の本音や潜在ニーズに気づけない場合があります。
しかし、エスノグラフィー調査では長期間にわたって調査対象者の生活や行動を観察することで、調査対象者の生活実態や本音に迫れます。さらに、言語化や数値化しづらい調査対象者の視点や価値観を理解でき、顧客の潜在ニーズや行動パターンを明らかにして製品開発やサービス改善における重要なヒントを得ることが可能です。
エスノグラフィー調査の流れ
エスノグラフィー調査は、以下のような流れで実施します。
- 調査テーマの設定最初にエスノグラフィー調査の目的を明確にし、具体的な調査テーマを設定します。調査テーマは、企業が抱えている課題や解決したい問題に基づいて作成します。
- 調査対象者の選定調査テーマに合致する調査対象者を選定します。この際、エスノグラフィー調査では「エクストリームユーザー」と呼ばれる調査対象者を選定するケースが多くあります。
「エクストリームユーザー」とは極端な考え方や行動パターンを有するユーザーです。このユーザーには2つのパターンがあり、商品の利用頻度が高い「ヘビーユーザー」と、絶対に利用しない「アンチユーザー」が含まれます。
このように極端な考え方や行動パターンを有するユーザーから尖った意見やアイデアを得ることで、商品やサービスに対する革新的なヒントや気づきを見出します。
- 調査計画の作成調査対象者に対する観察、インタビュー、写真撮影、動画撮影などの調査方法とともに、調査期間や調査場所、面談タイミングなどの調査計画を作成します。
その際、調査対象者のプライバシー保護、調査対象者からの同意、調査結果の匿名化など、倫理的な観点にも配慮が必要になります。
- フィールドワーク調査計画に基づいて調査対象者の日常に密着し、行動や発言などを自然な形で観察し、必要に応じてインタビューを行います。
また、調査中に得られた情報は、調査メモや写真、動画などを活用して記録します。
- データ分析収集したデータを分析し、共通点やパターンを見つけることで分析を行います。分析を行う際は、調査対象者の発言や行動の背後にある意味を解釈し、本質的なニーズや考え方を理解することが重要です。
- 報告書の作成分析結果をもとに、調査の結論を報告書にまとめます。報告書には詳細な分析とともに、具体的な提案や改善につながる提言を行うことが大切です。
エスノグラフィー調査のメリットとデメリット
エスノグラフィー調査は、調査対象者の深層心理に隠れたニーズやインサイトを発見できる調査手法です。しかし、この調査方法には大きなメリットとともに、潜在的なデメリットも存在しています。
ここでは、エスノグラフィー調査のメリットとデメリットについて解説します。
エスノグラフィー調査のメリット
エスノグラフィー調査には、以下のようなメリットがあります。
- 商品やサービスの活用実態を把握できるアンケートやインタビュー調査では、調査対象者が表面的な回答をすることで、実生活での活用方法を正確に把握しづらい場合があります。しかし、エスノグラフィー調査では、顧客の日常に密着し、実際に商品やサービスを使用している様子を観察することで、実生活でのリアルな活用実態を把握できます。
これにより、「企業側が想定していた使用方法」と「現実の使い方とのギャップ」を明確に把握し、商品開発や改善における実践的な改善点を見つけることができます。
- 商品やサービス購入の理由を明らかにできる顧客は商品やサービスの購入を判断する際、自分自身では自覚できていない潜在ニーズの影響を大きく受けています。そのため、顧客自身が商品やサービスを購入した理由を問われても、上手く説明できないケースが発生します。
しかし、エスノグラフィー調査では顧客の行動や発言の観察により、購入に至った深い理由を客観的な視点で明らかにすることが可能です。これにより、マーケティング戦略における重要なヒントを得ることができます。
- 消費者の本音や潜在ニーズを把握できる通常のインタビュー調査では顧客と接するのが短時間となりがちです。そのため、顧客の心理的なブロックを解除して本音や潜在ニーズを引き出すには、インタビュアーには高度な調査スキルが必要です。しかし、エスノグラフィー調査では、顧客の自然な行動や発言を長期間にわたって観察するため、本音や潜在ニーズを把握しやすくなります。
また、調査対象者の生活行動を踏まえたうえでインタビューを行えるため、より的確に調査対象者の本音や潜在ニーズを深掘りできます。
エスノグラフィー調査のデメリット
エスノグラフィー調査には、その特性上、以下のようなデメリットが存在します。
- 調査対象者のリクルーティングが難しいエスノグラフィー調査では、調査目的に合致した「エクストリームユーザー」をリクルーティングすることが、調査の重要なポイントです。しかし、調査目的に適した「エクストリームユーザー」を選定するには、多くの調査モニターや特殊なコネクションが必要となります。
また、候補者が見つかったとしても、長い調査期間や場所的な制約をお願いする必要があるため、調査への参加を断ってしまうケースもあります。
- 調査実施の手間とコストが大きいエスノグラフィー調査は、調査対象者の日常に密着し、長期にわたって詳細な観察や記録を行います。そのため、調査員の人件費や交通費、調査に関わる機材費などの様々なコストがかかります。
また、調査員は現地に滞在して継続的な観察やインタビューを行う必要があるため、時間的な制約や労力も大きな負担となります。
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- 仮説立案と分析スキルを有した調査員が必要エスノグラフィー調査において、調査対象者の行動や発言をただ単に記録するだけでは、意味のある分析結果を得ることはできません。収集した情報を適切に解釈し、意味のある洞察を引き出すためには、経験と専門知識を持った調査員を用意する必要があります。
エスノグラフィー調査の実施方法
エスノグラフィー調査では、長期的な観察とインタビューを通じて、ユーザーの生活環境や日常の行動を詳細に調査します。ここでは、エスノグラフィー調査を効果的に実施するための手順について解説します。
エスノグラフィー調査の実施手法
エスノグラフィー調査には、主に以下の3つの実施手法があります。
- 訪問観察調査訪問観察調査は、調査者が調査対象者の自宅や職場などを訪問し、日常生活や仕事の様子を観察する手法です。これにより、調査対象者が日常の生活環境でどのように商品やサービスを利用しているかのリアルな状況を把握できます。
- 日記調査日記調査では、調査対象者に一定期間、日常生活での行動や感情を文章や画像・動画で記録してもらいます。これにより、調査者対象者の長期間にわたる行動履歴や生の言葉、投稿時間などの詳細なデータを収集することが可能です。
日記には、具体的な行動だけでなく、感じたことや考えたことも記入されるため、対象者の内面に深く迫ることができます。調査者は定期的に日記を回収し、その内容分析を行います。
- 購買調査購買調査は、調査対象者の買い物に同行し、商品やサービスを購入するプロセスを観察する調査手法です。この調査手法では、ショッピング時の動線や時間の使い方、目線や手の動きを観察することで、購買行動における詳細な特徴を把握することが可能です。
また、オンラインショッピングの行動観察については、調査対象者のボタン押下や画面スクロールを観察することで、購買行動におけるユーザビリティの影響を把握できます。
調査対象者の選定と実施手順
エスノグラフィー調査において、調査対象者の選定としっかりと準備された調査実施は、調査を成功させるための重要なポイントです。調査対象者の選定と調査実施は、以下のような手順となります。
- 調査対象者(エクストリームユーザー)の設定まず、調査テーマに合致する調査対象者を設定します。エスノグラフィー調査では、エクストリームユーザーを調査対象者とする場合が多くあります。その際、エクストリームユーザーとはどのようなユーザーなのかを明確にすることで、関係者の共通理解を形成します。
- 調査対象者の候補者を確保調査対象者の候補者を確保します。特に、調査対象者がエクストリームユーザーとなる場合は、特殊なコネクションや大多数の調査モニター候補を確保しないと、調査に適した対象者を選定できない可能性があります。
そのような場合は、多くの調査モニターを抱えている調査会社に協力依頼するのが効率的です。
- 調査対象者の選定調査対象者の候補者リストの中から、調査テーマに合致する人物を選定します。選定にあたっては、以下の点を考慮します。
・年齢、性別、職業、ライフスタイル
・商品やサービスの利用頻度、利用期間、利用方法
・商品やサービスに関する興味や関心度
・調査に対応できるコミュニケーション能力
- 調査対象者の意思確認選定した調査対象者に対して、調査協力への意思確認を行います。その際は、調査目的、調査内容、調査期間、個人情報の取り扱い方法などを説明し、調査への同意を得ます。
- 調査スケジュールの通知調査対象者に、調査スケジュールの詳細を通知します。調査日時、調査場所、調査内容などの誤解や認識不足が発生しないように、詳細を明確に伝えます。
- 調査の事前準備調査実施前に、調査対象者の自宅や職場などを訪問し、調査環境を確認します。また、調査に必要な機材や資料なども準備します。
- 調査の実施調査スケジュールに従って、調査を実施します。
エスノグラフィー調査の成功事例と活用方法
エスノグラフィー調査はより深い顧客理解を図るため、様々な業界のマーケティングに活用されています。ここでは、エスノグラフィー調査の成功事例を紹介し、その調査結果がどのように活用されるかについて解説します。
実際のエスノグラフィー調査の事例紹介
- 一般消費材メーカーの事例この一般消費材メーカーは、インドでカミソリ事業を展開するにあたり、現地でエスノグラフィー調査を実施しました。調査によって、インドの農村部では水道設備が整っておらず、ヒゲ剃りにはわずかな水しか使用できないという状況を把握しました。
そこで、インドにおけるこの状況に適応するため、最小限の水でヒゲを剃ることができる一枚刃のカミソリを開発しました。このカミソリはインド市場で大ヒットし、このメーカーはインドのカミソリ市場でトップシェアを獲得しました。
- 食品メーカーの事例この食品メーカーは、ボトル入りケチャップの製品開発にあたり、調査員が消費者の自宅を訪問するエスノグラフィー調査を実施しました。消費者の利用実態を調べてみると、残り少なくなったケチャップを逆さにして冷蔵庫に保管している実態が判明しました。さらに、逆さまに保管することでケチャップがボトルから漏れてしまうことに、消費者が不満を感じていることも把握できたのです。
この消費者ニーズに基づき、このメーカーは逆さまに保管してもケチャップが漏れない「逆さケチャップボトル」を開発しました。この新製品はその機能性が消費者に支持され、発売から3か月で純利益が増加しました。
エスノグラフィー調査結果の活用方法
エスノグラフィー調査の結果には、以下のような活用方法があります。
- 商品・サービスの開発エスノグラフィー調査で明らかになった顧客の潜在ニーズや課題を基に、新たな商品やサービスを開発することができます。他の調査手法では顧客の顕在ニーズのみしか把握できない場合もありますが、エスノグラフィー調査では潜在的なニーズや課題を明らかにできます。
- プロモーション計画の策定エスノグラフィー調査で収集したデータをもとに、効果的なプロモーション計画を策定できます。顧客が深層心理に抱えている潜在ニーズや課題を理解することで、より効果的な広告やプロモーションを展開することができます。また、プロモーション展開するメディアについても、エスノグラフィー調査の結果を活かすことができます。
- 顧客満足度の向上ユーザーが製品やサービスをどのように利用しているかを理解し、カスタマーサポートやアフターサービスの改善に役立てます。顧客の不満点を解決する具体的な対応策を講じることで、顧客満足度の向上を図れます。
- ビジネスチャンスの創出エスノグラフィー調査から得られた消費者の潜在ニーズは、新しい市場ニーズを発見する手がかりとなります。特に、既存製品では解決できない潜在ニーズを満たす革新的なアイデアにつながれば、新しいビジネスチャンスを創出することができます。
エスノグラフィー調査における、実施時の注意点
エスノグラフィー調査には、顧客の潜在ニーズを把握できるという大きなメリットがありますが、有益な情報を得るためには調査実施時に注意すべき点があります。
ここでは、エスノグラフィー調査の実施時に注意すべき点について解説します。
調査結果の適切な分析と解釈
エスノグラフィー調査で収集されたデータは、基本的に定性データと呼ばれる質的なデータです。定性データとは数値化された定量データと異なり、言葉や画像、映像などの形で調査対象者の行動や発言、表情などを記録します。
定性データの分析には、その性質上、分析者の主観が大きく影響するという課題があります。そのため、調査結果を分析する際は、できるだけ多様な意見を集めて、様々な視点から解釈することが望ましいです。
特に、エスノグラフィー調査では、調査対象者の深層心理や潜在ニーズに対する分析を行います。そのため、調査結果の分析には、調査対象者の行動や発言の背景にある意味を理解し、そこから本質的なニーズや課題を分析できる知識と経験が必要です。
そのため、分析を行う際は、社内のマーケティング調査に精通したメンバーか、社外の専門家を交えて分析することが大切です。このようなメンバーを加えることで、調査結果に対する適切な分析や解釈が行えるようになります。
エスノグラフィー調査の効果的な実施法
エスノグラフィー調査を実施する際には、調査対象者がリラックスできる環境で調査を行うことが大切です。これにより、調査対象者のリアルな生活が営まれ、信頼性の高いデータを得られます。そのためにも、観察者は調査対象者への過度な干渉を避け、自然な行動を妨げない配慮が必要です。
また、調査データの収集には、できるだけ多様な方法を用います。調査メモ、ビデオ記録、音声録音などを組み合わせることで、的確な分析につながる詳細なデータを得られます。さらに、データの収集は継続的に行い、時間の経過による行動の変化やパターンを捉えることも重要です。
加えて、エスノグラフィー調査の成功には、調査員のスキルも大切な要素です。調査員は観察技術だけでなく、インタビュー技術やデータ分析のスキルも備えることで、調査対象者の行動や言動を適切に解釈できるようになります。
最後に、調査対象者の調査対象者のプライバシー保護やデータの匿名化、データ管理など、倫理的な観点についても配慮する必要があります。
まとめ
ここまで、エスノグラフィー調査について解説してきました。
エスノグラフィー調査は、消費者のリアルな日常を観察することで、深層心理や潜在ニーズやインサイトを把握できる定性調査です。その調査結果からは、既存の商品やサービスでは満たされていない、消費者の隠されたニーズを発掘できる可能性があります。
このようなニーズを把握できれば、従来にはない革新的な商品やサービスの開発に繋ります。ぜひ、エスノグラフィー調査を活用して、消費者の隠されたニーズを発掘し、新たなビジネスチャンスを生み出していきましょう。
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執筆者
アスマーク編集局
株式会社アスマーク 営業部 マーケティングコミュニケーションG
アスマークのHPコンテンツ全ての監修を担い、新しいリサーチソリューションの開発やブランディングにも携わる。マーケティングリサーチのセミナー企画やリサーチ関連コンテンツの執筆にも従事。
監修:アスマーク マーケティングコミュニケーションG
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